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自分の人生を歩む   




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来春卒業の大学生、内々定は62.8% 1日時点、「就活厳しい」    ~日本経済新聞

 就職情報会社ディスコ(東京・文京)は17日、大学生の就職活動に関する調査結果を発表した。調査によると、2010年春卒業予定の大学生のうち、今年6月1日時点で企業から内々定を得ているのは62.8%で、前月の49.5%から改善しているものの、前年同月を12.9ポイント下回った。1人あたりの内々定獲得数は1.8社で、前年よりも0.4社少ない。

 就職活動の難易度について尋ねたところ、「とても厳しい」と回答したのは38.6%で、「やや厳しい」と答えた35%と合わせると7割以上の学生が就職活動を厳しいと感じているという。同社は「企業が公表している採用予定数よりも実態は少ないのでは」と分析している。企業の選考活動が例年よりも長引いていることも内々定の獲得率を押し下げているという。調査は大学4年生と大学院修士課程2年生を対象に、5月29日から6月4日までインターネットで実施した。1064人から回答を得た。 (090617 19:49)



10年春の新卒者、内々定は63% 前年より13ポイント低下    ~日本経済新聞

 就職情報大手の毎日コミュニケーションズ(東京・千代田)は来春卒業予定の学生の就職活動に関する調査結果をまとめた。5月末の時点で企業から実質的な採用内定にあたる「内々定」を得た学生の割合は63.5%だった。4月末の時点から16.5ポイント上昇したが、前年同期と比べると13.2ポイント低下しており、就職環境の厳しさを反映する結果となった。

 調査の対象は来春卒業予定で就職を希望している大学4年生と大学院修士課程2年生。内々定を獲得した学生の割合が低下したことについて同社は、「企業が採用数を減らしていることに加え、優秀な学生を選ぶために選考が長期化していることが原因」とみている。ただ、就職氷河期と呼ばれた2000~04年ごろに比べればまだ若干高い水準という。また、就職活動を「思ったよりも厳しい」または「思ったとおり厳しい」と感じている学生は全体の76.2%にのぼった。

 調査は5月下旬にインターネットを通じて実施。799人から回答を得た。(090610 10:10)

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自分も含めて、大人は本当にずるいと思う。

年金問題にせよ、「はい、高齢者が増えたので、若い人が負担してください」とか、景気問題にせよ、「はい、景気が悪いので、若い人は採用はしません」とか、都合が悪くなると若い世代にすべて押し付ける。

特に年金制度は、老齢世代と若年世代での負担差が甚だ大きく、開いた口が塞がらない。

「就職口は与えないけど、年金は負担してね!」では、若者が食い物になる国と思えてしまう。。。



愚痴はさておき・・・。

次代を担う若者達にとってのコミュニケーション教育は、今後大変重要な意味を持っていると思える。

現在の大学生の何割程度が豊かなコミュニケーション力を育めているのかわからないが、少なくとも、社会に出てくる若者達のコミュニケーション力の曖昧さに、社会の先輩方は頭を痛めているのは事実だ。

またそういった若者達にとっては、自分自身を理解してくれない先輩方こそが、コミュニケーション力のない人々だと思い込んでいるのではないだろうか・・・。



各種機関が調査した結果では、入社してくる新入社員に既存社員が求める能力とは、、、


  1、一般常識を踏まえた行動

  2、一般的なコミュニケーション力


の2つである、と言われている。

その他の能力は高ければそれに越したことはないが、少なくともこの2つの能力だけは、整えてから入社してくれないと、そもそも社会の中で仕事をしていくスタートラインに立てない、ということであろう。



1の「一般常識を踏まえた行動」とは、いわゆる接遇だとか礼儀作法だとか、ビジネスマナーであるとか、はたまた目上を尊重するだとか、酒の席での作法など、裏マナーと言われるものも含まれる。

2の「一般的なコミュニケーション能力」とは、挨拶や返事が出来るか、言われたことを正確に受け取れるか、受け取ったことに基づいて行動を起こせるか、最低限のことは自分で考えて行動に移せるか、など。



私が担当する大学のゼミ生達は、この2つの能力はそこそこクリアできているのではないか、と思わされる。

当たり前のように挨拶はしてくれる、敬語も使える、指示した通りに動く、自発的な主体性のある行動も見られる。

多少個人差はあるが、20歳を超えた大人としての行動基準は持っていると感じる。



ただ、すべての4回生が等しくそうだ、とは言えないのも事実。

ゆとり教育を経てきて大学生になった子達が、どういう行動傾向を示すのかは未だ不明であるが、漏れ伝え聞くところによれば、自由にオープンに自己表現できる部分と、環境を用意されないとなかなか行動できない側面と、両方を兼ね備えているとか。

モラトリアムな時期をくぐっている彼らに、せめて社会へ旅立つ前の準備をさせてあげることが、大人の役割と言うことかな。



先日の授業のあるワークで、学生達が目を白黒させていた。

「自分が人からどう見られているのか」を素直に指摘しあう時間を設けたら、思いがけない情報がたくさん手に入って、自分自身の認識と他者が見ている自分がこれほど違うのかと、心底驚いたようだ。

自分で自分のことは「普通」と思っていても、他人が理解している自分というものは、案外それとはイメージがずれているということが、理解できたのだと思う。



社会に旅立つ前の学生達にできることといえば、できるだけ自分という存在をじっくりと見つめ、他者の声も参考にして、どう変化していけば幸せな生き方ができるのか、に気付いてもらう機会を提供することだろう。

最近そう思うようになった。

社会に出れば、社会が求める常識があり、自ずとそれに合わせる必要性は出てくる。

最低限は合わせる必要はあろうが、自分自身の幸せの為にどう変化するかは、自分次第であると思う。



だからこそ、社会が求める常識に、どこまで従うかも、自分で決めてくれたらよいと感じます。

接遇やビジネスマナーなどができなかったとしても、何ら大したことはない、豊かな人生は自分で決めて選んで生きて歩めるものです。



年金の憂さ晴らしでは在りませんが、若い世代には、社会の常識にとらわれない生き方をして欲しいなと感じる今日この頃。
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by ncrd | 2009-06-18 22:08 | 大学生支援

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